
人形焼が生まれた人形町は、江戸時代から芝居の町として栄えてきました。1630年代頃から猿若座(のちの中村座)や市村座がこの地につくられ、江戸歌舞伎の中心地となりました。また庶民向けの芝居として、歌舞伎と同じ浄瑠璃の伴奏で、人形に所作から踊りまで演じさせる人形芝居も流行り、江戸随一の歓楽街となっていきました。人形町の名の由来は、人形芝居小屋が多く、人形役者が多かったことによると言われています。この町の名にちなみ、当時小麦粉の生産技術と卵の流通技術が飛躍的に向上したことから広く庶民に人気を博したカステラを使って生まれたお菓子、人形焼は人形町を代表するお菓子として、当時から庶民に愛されてきました。縁日はもちろんのこと、芝居を見ながら食事をとることがひとつの習慣だった当時、市川海老蔵や中村勘九郎など多くのスターで賑わった芝居小屋でも、人形焼を片手に鑑賞する人もいたそうです。
また安産祈願として有名な水天宮が一般公開されてからは、毎月5日と戌の日の縁日には大勢の参拝客で賑わうようになりました。この頃から水天宮や七福神めぐりの参拝を終え人形焼でほっと一息休む、という人形町めぐりがひとつの定番として今でも根付き、今に至っております。
人形町と共に歩んできた人形焼、その人形焼が見てきた百年は皆様の笑顔だったのかもしれません。
これからも変わらず、忠実に昔ながらの味を伝えていきます。